兄を探して数キロメートル
とて…とて……
「おにいたま…どこ〜?」
冬も半ばの昼下がり。
今日は小春日和であった。
いつもと違う太陽の暖かさに、外に誘われた男が二人。
「おお、太乙ではないか」
「あ、久しぶりだね、太公望。50年ぶり?」
「またそんなことを;;」
「散歩かい?いい日和だものね」
「まあ、そんな所じゃ」
とて…とて……
「…――たま…」
「…ん?」
「どうした?」
「なんか…声聞こえなかった?」
「声?」
「…おにいたま〜…」
「あ、ほら」
「赤子…かのう」
麗かな日和にぼーっとしていた二人の視界に、小さな影が入った。
だんだんと大きくなってくる。こちらへ向かってきているようだ。
「おにいたま?」
すっかり目の前にくると、それは赤ん坊とまではいかないものの、とても幼い女の子であった。
「うわあ、可愛い。ドコの子かな?」
「新しく誰かが弟子として連れてきたのかのう?」
「おにいたまは?」
「ん?お兄さん探してるの?」
「ん…」
短く返事をすると、子供はそのまままた歩き出した。
太乙と太公望は、とりあえず黙って付いて行ってみることにした。
とて…とて…
「…ま、まさか…」
「こ、ここは…」
二人は玉泉山金霞洞の前に立っていた。
子供は今から入ろうとしている。
『…まさか、玉鼎がお兄さん!?』
『いや…年齢から考えるともしや楊ゼンの…!?』
二人同時にそんなことを考えているうちに、子供は中へ入っていった。
「は、入ってっちゃったよ!?」
「もしや、いや本当に…!?」
そうこうしていると、子供はさっさと手に戦利品を握り締め、洞府の主と出て来た。
「ぎょ、玉鼎…まさか、君の妹…??」
「?、なんのことだ?この子供、とても鼻が利くようで、この洞府に入って来たと思ったら茶菓子の所へ寄って行ったので、菓子を渡したのだが…」
「むぅ、茶菓子の匂いに誘われたのか」
「玉鼎のお茶とお菓子、美味しいもんね」
子供は、気が済んだようでまた歩き出した。
「あ、玉鼎、またね!」
「ああ」
とて…とて…
暫く歩いたところで、子供は急に座り込んでしまった。
しかし、どうやらこの子は天然道士になりかけているようで、嗅覚も人並み以上であれば、体力も大人を軽く上回っていたので、太乙と太公望はもう既に音を上げてはいたが。
「…ヒック…おにいたま…」
…やはり子供は子供。
どんなに体力が並外れていても、涙腺の緩みやすさは普通の子と相違なかった。
「むぅ…泣いてしまったのう;;」
「ど、どうしよう…」
「とりあえず、経緯を知らぬにはわしらにもどうしようも無い」
「そうだよね…よし、訊いてみよう」
太乙と太公望は、子供の前に座ると、目線を同じくして訊いてみた。
「ね、名前は何ていうの?」
「」
「ちゃん。君はどうやってここに来たの?」
「…あのね、おいちゃんがね、おうちにきてね、おそらのうえをさしてね、『おにいちゃんといっしょのところへいかない?』っていってね、が『いく』っていったらね、つれてきてくれたの」
「『お兄ちゃんの一緒の所』と言ってここへ連れてきたということは、やはり仙人かのう?」
「そうだろうね。…じゃあ、その『おいちゃん』はどこへ行ったの?」
「ね、ここにきてね、おにいたまにあいたくてね、おいちゃんとはなれてきたの」
「『おいちゃん』は、離れたって知ってるの?」
「ううん」
ということは、その仙人はおそらく必死で探しているに違いない。
親から預かってきた子供が行方不明になって、更に何かあっては一大事だ。
とりあえず、その『お兄様』または『おじさん』を探さなければ。
「じゃ、『おにいたま』はどんな人?」
「あのね、ね、おかおはしらないの。おかあたまがね、『おうちのにおいがいっぱいするひとをさがしなさい』っておしえてくれたの」
「成程、匂いか…」
「それでは、わし等にはどうしようもないのう…」
二人が頭を悩ませていると、が太乙の裾を引っ張った。
「ん?なんだい?」
「でもね、おいちゃんね、すこーしだけおうちのにおいするの」
「『おいちゃん』?私のこと?」
「ん」
「太乙からの家のにおいがするとは…まさか、おぬし」
「ち、違うったら!第一、今『少しだけ』って言ってたでしょ」
「ふむ…では、太乙と交流のある人物かのう…」
「…もしかすると…」
太乙が一つの可能性に行き着いた時、背後で風を切る音が聞こえた。
「太乙。乾坤圏が壊れた。修理しろ」
お目当ての人物を発見し、ナタクは地面に降り立った。
は、たった今目の前に立った人物に大きく反応した。
「おにいたま!」
「ム。何だオマエ」
はナタクの足元に飛びついた。
ナタクも無表情ではあるものの、もともと子供というものに優しい性分だから、そのまま黙って見ている。
「ふうむ、まさかナタクが兄とは…」
「兄だと?」
「おにいたま、おにいたま!」
嬉しそうにそう連呼するを見て、まだ理屈では理解できていないものの、直感的にその子供と自分との繋がりを納得したようである。
更に、近づいてくる人影がもう一つあった。
「ーっっ!!ダメだろ、勝手にどっか行ったら」
「あ、道徳」
「の『おいちゃん』は道徳であったのか」
は、何故自分が『おいちゃん』に怒られているのか分からなかったが、とりあえず素直に謝ることにしたようで、
「ごめんなさい」
と、ぺこりとお辞儀をした。
あまりの可愛らしさに、ナタクを省く全員が思わず抱きしめたくなってしまう。
「あと、『おいちゃん』じゃなくて『コーチ』って呼びなさい。俺はの『コーチ』だからな」
「こーち?」
「そうだ」
道徳は、『コーチ』と呼んでもらえたことで、満面笑顔になる。
は、道徳が笑顔になったことで、安心感を得ていた。
「こーち、ね、おにいたまといっしょにいてもいい?」
「う、うーん;;おにいたまは、俺の弟子じゃないしなぁ…;;」
「いっしょ、だめなの?」
思わずうるっとしてしまうに、見ている側も涙腺が緩みそうになる。
「う、うーん;;」
悩んでいる道徳に、太乙は提案を持ちかけた。
「崑崙に来た初日だし、一日だけ乾元山で預かろうか?」
「…そうしてくれるか?」
「構わないよ。ナタクも嬉しそうだし」
そうは言うものの、端から見るとナタクの表情は変わっていないように見える。
「…喜んどるのか?あやつは」
「うん。それはもう」
「…師匠って、凄いんだな…」
道徳は、太乙の知られざる特技(?)を一つ知り、(自分にも弟子がいるにも関わらず)師匠というものの尊さを更にもう一つ学んでいた。
「親達」がそう会話をかわす頃には、は大好きな兄の背中に乗り、中空飛行を楽しんでいた。
そして、新たに妹が出来たナタクは、無表情ではあるが背中のに気を配りつつ、兄というものの責任感を感じ取っているのであった。
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ヒロイン、ちっちゃいです。
この話はシリーズにする予定。
これから色んな人をどんどん出したいです。
道徳の弟子にしたのは、ただ紫陽洞師弟が好きだからv(だから天化は絶対出します!!)
ちっちゃい子の相手をするナタクが好きですvv
天祥も出したいな〜v