もしも、貴方が遠くへ行ったなら
ジョカを倒したその日。
興奮も冷めやらぬまま、崑崙山一同は蓬莱島に移り住む支度を着々と始めていた。
荷物の移動は勿論、地球との連絡経路の整備や、封神台の移築、仙人界の編成の再構築、するべきことは山程ある。
皆それぞれに自らの仕事に勤しみ、勿論望むなら、休息も自分の判断で摂っていた。
かくいう太乙も、ナタクや崑崙山2の調整を終え、一息つこうと手近の椅子に腰を下ろしていたところだった。
そこへ、特異で人目を引き寄せる影が一つ、やって来る。
「やあ、調子はどうだい?太乙」
「うん、ちょっと…疲れた」
「無理をしないでおくれよ?ただでさえ、今うちには重病人が絶えないんだから」
はぁ、と溜め息をついた太乙の隣に歩み寄ったのは、あんなことがあったにもかかわらず、疲労の欠片も感じられない出で立ちの雲中子だった。
ポケットに手を突っ込み、太乙の向かいでなく、隣に陣取り、同じ方角を眺める。
「…重病人が絶えないんじゃ無かったの?」
「大丈夫、今はちょっと落ち着いたから」
太乙が眺めていた方角は、丁度蓬莱島と地球を繋ぐワープゾーンのある方だった。
そこには、伏羲(太公望)と燃燈がずっと前に密かに考えていた、封神台の後の形である『神界』が形成される予定である。
「…神界が出来たら、道徳もあっちへ行くんだよね」
「…」
太乙は、前より会いに行きやすくなるかな?なんて呟いてみる。
「私達も、もし仮に死んでしまったらあっちへ行くことになるんだ。
そしたら、また道徳とか、皆に会えるんだね」
頬杖をついてそう言うと、雲中子は太乙の方を見ないまま、ぼそりと呟く。
「…まだここに私が居るだろう?」
それを聞いて、太乙は雲中子を見上げてちょっと微笑んだ。
「…ねぇ雲中子」
「なんだい?」
「もし、私も神界へ行っちゃったら、寂しい??」
「…そりゃあ、私も人の子だからね」
雲中子が当たり前、と答えると、何その答え、とクスクス笑い声が響く。
「…じゃあもし、私が神界に行っちゃったら、雲中子どうする??」
「…太乙なら、どうするんだい?」
そう雲中子が切り返すと、「もう、訊いてるのは私なのに」と文句が返ってくる。
文句をいいつつも、太乙はうーん、と唸って少し考える。
「私ならきっと…追いかけるかな」
「同じように命を絶って?」
「うん。…きっとそうする」
「…あまり、賢い考えとは言えないね」
雲中子がそうぼやくのを聞いて太乙は、やっぱり、雲中子は追いかけてくれないかな、とほんのちょっと落胆してみたり。
雲中子は、そんな太乙の心中を知ってか知らずか、淡々と言葉を続ける。
「…私なら、決して神界になど行かせないね。ずっと手元に置いておく」
必要ならば、洞府に閉じ込めて、二度と外へも出さずに。
そんな回答に予期すらしなかった太乙は、雲中子を見上げてもぅ、と呟く。
「…私は『神界へ行ったら』と言ったんだよ?そんな答え、反則じゃないか」
「私に常識が通じると思うのかい?」
太乙は、そんな雲中子の言葉に呆れたように、ふるふると首を振った。
「通じないね」
ずっと、いつまでもここにいて、共にいる。
神界にいったら、なんて、考える必要も無いんだね。