腐れ縁
…あの事件からまだ一日と3時間も経っていない現在。
コンコン。
この紫陽洞に来客がやって来た。
来客に入室を促した俺が見たのは、せめてあと一週間くらいは会いたくない相手だった。
「こんにちは、道徳」
「や、やあ、雲中子。どうしたんだ?」
今自分がいた部屋から即座に飛び出し、後ろ手でそそくさと襖を閉め、背中に嫌な汗を感じながら返事をする。
答えてから、ちょっと震えてしまった声を心中でこの上ない程叱咤した。
こいつはちょっとしたことで人の弱みを突いてくるからな。
しかし、そんな俺の対応を見る前から目的は決まっていたようで、なにやら大きなアタッシュケースを手にぶら下げている。
コレを見た時の俺の気持ちといったら、今日の晩飯がカレーかと思ったら隣のうちの匂いだった、という位どん底に落ちたものである。
俺が弟子を抱えて紫陽洞に上がって来たのはついさっきだぞ?なんでバレた!?
「どうしたもこうしたも、」
雲中子はじろじろと俺の後ろの今閉められた襖を見ながら、スタスタとこちらへやってくる。
「また君隠してるね?しかも今回は自分でなく弟子を」
『自分』、というのは、以前にも俺は怪我及び病気を雲中子に隠したことがあるからである。
勿論、その時にもバレたが。
「いや、そ、そんなワケないだろ」
「隠しても無駄だよ、太乙から聞いてるから」
そう言われて、ナタクを直しながら教えた太乙の姿が脳裏に浮かぶ。
相変わらず口が軽い奴だ。
「ほら、どいて」
「い、嫌だ」
「患者は医者に診せるものだよ」
何が医者だ。俺はいつも玉柱洞で変な実験しかやっていないことを知ってるぞ。
たまにはまともな事をしてるかもしれないが。
何より、俺が匿っている弟子…天化は、コイツの危険性を未だ知らない。
「変人」と呼ばれている事位は知っているかもしれないが、それを指し示すトコロまでは知らない。
以前俺が診てもらった時だって、マトモな薬に混ざって、新しい実験薬を投与されたんだ。
そういうわけで、俺はなんとしてもここを死守せねばならない、のだが、
力関係は昔からはっきりしている。
俺が雲中子に勝ったことは一度としてない。
しかし、三度目の正直!
いやでも二度あることは三度あるとも言うな…
まぁどちらにせよ、三度どころか百度は越えてるが。
しかし、へばる訳にはいかない!!
「じ、実験台なら俺がなるから、天化は…」
「ハイハイ、実験台には後でしてあげるよ。だけどいつもそうだし、交換条件にはならないね。それに、だからといって患者を放っておくわけにはいかないだろう」
嗚呼…
どいたどいた、と言いながら雲中子はずかずかと怪我人の眠る部屋へ。
「…ん、来客さ、コーチ?」
雲中子の足音で起きたらしい天化が髪の毛をくしゃくしゃとしながら、もそりと起き上がった。
誰かと天化が雲中子を見ると、雲中子独特の帽子に圧倒されたのか、雲中子から発せられる強烈な薬の匂いに圧倒されたのか、はたまたその両方か、上半身だけすこしあとずさる。
「初めまして、天化君」
「は、初めまして…?」
『誰?』という疑問符を頭に沢山乗せている弟子の為に紹介してやる。
「えーと、コイツは雲中子って言うんだけど…ある程度知ってるか?」
「あ、名前くらいは聞いたことあるさ」
正体が分かったところで天化はもう一度、今度は礼儀正しく礼をした。
ここら辺は俺の教育の成果だと胸を張ってもいいだろう。
しかし、『変人』なる呼び名までも知らんとなると…;;
どうする?どうする??、と悩んでいる内に雲中子は天化の治療を一通り済ませたらしく、じゃああとコレは毎朝食後に…とか薬の説明をしていた。
「…じゃあね、道徳」
はっと我に返った頃には、雲中子は自分の洞府に帰るところだった。
「あ、あの、雲中子…」
「なんだい?」
「なんか、変な薬とか渡してないよな?」
そう尋ねると、雲中子はにやりと嫌味な笑いを見せた。
「さあ?」
んで、そのまま帰った。
…困った。
雲中子の薬は、基本的には良く効くので、薬全てを捨てるわけにもいかない。
かと言って、俺が怪しい薬と普通の薬との区別をするのは到底、無理。
前に、太乙に訊いたこともあったが、「私は機械専門だから」と、あえなく撃沈。
成す術もなく一週間たった。
一ヶ月たった。
しかし、弟子の身には何も起こらなかった。
「…?」
もしかして、薬が失敗だったのかもしれない。
疑問と不安を抱いた俺は玉柱洞へ訪れた。
「やあ、どうしたんだい、道徳」
いつものようにフラスコを振っている雲中子におずおず、訊いてみる。
「あれ、天化に…何も渡さなかったのか?」
「そうだね」
即座に、スッパリと答えられた。
俺はそれはもう、思いっきり拍子抜けした。
「お、俺には色々渡すくせに?」
「初対面のあまり親しくない相手に渡すわけないだろう?承諾なしで。
承諾ないまま薬を渡すのは君くらいだよ」
ありがたく思ってくれ(勿論後半の事項について)、とでも付きそうなくらい偉そうに答える。
「ま、気の置けない友人って受け取っといてくれればいいよ」
「う、嬉しくない…」
雲中子は、聞こえないフリ。
「ああそうだ、太乙から桃饅貰ったんだけど、いるかい?」
「あ、いるいる!」
「いただきます」と言って、籠にのせられてやってきた桃饅を十個くらい頬張ったところで、ふと天化のことを思い出す。
「あ、これ土産にいくつか貰っていいか?」
「いいけど、あまりお勧めはしないね」
「…」
雲中子の言葉の意味に気付いた時には手遅れ。
もう、十個食べて胃の中にある。
「まったく、1000年以上経験してるのに懲りないね」
雲中子は自分がやったくせに半ば呆れている。
「…」
俺は無い頭をフル回転させて考えてみる。
「…また何か入ってるんなら、雲中子食わないよな?」
「まぁ、いいモニターがここにいるからね」
「…じゃ、もう食っちまったんだから、いいか」
こうなれば十個も二十個も変わらないと考え、俺は改めて「いただきます」をして全て平らげた。
目の前の奴は呆れ顔を一層濃く出しているが、気付かないフリ。
「無い頭使って考えた事項がそれかい?
まったくもって、君って相変わらずだよね」
「何が」
答えは分かっているけど。
「食い意地」
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魔家四将戦後のお話。
太乙は実験台にはなりません。水乃のイメージでは。
理由は無いですが。
雲×道だからというわけでも雲×乙だからというわけでもなく。
この小説も別に雲×道とか道×天とかじゃないですよ!!(必死)
見方によっては可能だけども!!
何回雲中子に嵌められても懲りない道徳が水乃の中での立ち位置。
でも腐れ縁っていうなら、「雲中子のことだから、天化には手を出さないだろう」と、腐れ縁だからこその信頼関係という考え方もアリだなぁ…と書きながら思いました。
色物三人組も青峰山師弟も大好きだ!!